2008年5月25日 (日)
2008年5月24日 (土)
2008年5月23日 (金)
2008年5月22日 (木)
お諏訪さん。
毎年、秋の大祭 “長崎くんち” は、ここから、ご神体がお旅所(おたびしょ) になる大波止まで、町中を練り歩きます。
真っ青な秋晴れの中、厳かに旅をされます。
右写真が、長坂です。
この急な坂を、御輿を担いだ若者が一気に駆け下ります。
二泊三日の旅を終えた、ご神体は、今度は一気に駆け上がります。
もう、400年以上の長い歴史がありますが、御輿を担いだご神体を “踏み外した” と言う話は一度も聞いた事がありません。
毎年、順番で回ってくるその年の町内の若者達にも、キット気合が入るのだと思います。
なんと!この長坂を一気に駆け上がる競争があったのですね。
幼稚園児から、小学6年生までの子供達が対象のようです。
競技をする子供より、応援する親達が、大いに盛り上がったに違いありません。
“長崎っ子” の、特徴でもありますから……うふっ
2008年4月29日 (火)
kiyokoさん、有難う。
いろはかるたの……は。
確かに、“花よりだんご” でした。 これで、もやもやがスッキリ解消です!
それから、「針の穴から天覗く」 は、初めて聞きました。
「よしのずいから、天井覗く」 って、同じ意味でしょうか?
子供の頃って、意味も漢字も解らず、耳に入った言葉で覚えています。
この “よしのずい” も一体何なのか解りません……(汗)
2008年4月25日 (金)
長崎弁かるた
長崎弁かるた……今、日本各地で流行ってるそうです。
「風土・歴史を経て、地域の住民に育まれた独自の文化としての方言は、共通語が全国 津々浦々まで浸透してきた現代において、消え行く運命にあります。
方言の記録保存と、古典的な知育玩具として、このかるたを制作しました。……」
と、解説がありました。 まさに方言は、その地域で長い歴史が育てた文化だと思います。
私が子供の頃は、毎日毎日“いろはかるた”で、遊んでいました。
い…犬も歩けば棒に当たる。
ろ…論より証拠
は…??(思い出せなくて、クヤシイ~)
それから、この方言かるたには、CDが付いています。 正しい、長崎弁のイントネーションや間をとるために、地元アナウンサーが “読み手” をして伝授します。
なかなか、ユニークで面白いです。 でも……
アナウンサーの読み手は、どこか 気取ってて親しめません。
何故、作る前に “長崎弁かるた” の読み手を さだまさしさんと、私に声をかけて下さらなかったのでしょうか。 残念です…笑。
キット、素晴らしいものが出来たのに! 因みに、お値段は ¥1800
2008年4月11日 (金)
歴史がいっぱい!
けっこう、色んな石碑が点在しています。
(去年までの私は “花より団子” でしたが……これも、ブログのおかげ。と言うか、ブログのせいで、好奇心に磨きがかかりました。汗)
さるく博のコースにもなってるらしく、訪れる人もおおいようです。
また、龍馬の銅像へ行く途中には、こんな 立派な墓があります。
墓標を調べると、恐らく当時の役人や歴史上の人物の名前を発見出来るかも知れません。
映画 “解夏” の中で、隆之がお墓参りをするシーンで、坂道を登って行くのは……ヘイフリ坂。
一度、徒歩で登ることに挑戦してみますか?
“龍馬がゆく” の作者。 司馬遼太郎氏の作品の一節が 紹介されています。
この時代を駆け足で、走り抜けた 坂本龍馬 の、生きざま が、伝わってきます。
何だか、胸が熱くなる思い……。
風頭山の入口にあります。 店内は “ハタの博物館” になっていて 長崎のハタなら何でもわかる、資料がいっぱいです。
映画“解夏” でも、隆之のお姉さん役、石野眞子さんの嫁ぎ先の設定でした……。
2008年4月 9日 (水)
2008年4月 6日 (日)
Titia ティツィア
“日本へ旅した最初の西洋婦人” のティツィアさん。
その、子孫で 本の著者 ルネ・ベルスマさんが、この素敵な男性です。
実は、先日 長崎歴史民俗博物館で、試写会がありました。 私も、お隣りの オランダ館の玲子さんと一緒に博物館へ 行きました。
彼女の歴史に触れた内容の、ドラマです、約1時間。
この日、集まったのは50人余り。皆さんはティツィアの故郷、オランダを訪ねて 友好を深めた方々でした。
この子孫のルネさんが、ティツィアに興味を持ったのも、日本人の奥様を、妻にしたからだと話しておられました。
約200年前の歴史を、今 こうして一人の女性にスポットを当て、 彼女の行き方を学ぶ…。
しばし、この時代に心は飛んでいました。 ベルスマ氏は
「この映画は、オランダでは放送されました。 きっと、近い内には、日本でも上映されると思います。」 と。
もう一度、見たい映画 (ドラマ) でした。
2008年4月 3日 (木)
長崎に最初に来たオランダ婦人
この 西洋婦人は、長崎を訪れた人達は、どこかで目にした事が あるかも知れません。
この婦人の名前は……ティツィア・ベルフスマさんです。
ご存知のように、鎖国時代の中、唯一 長崎だけは、他の世界に対して 開かれた場所が、出島でした。
先日、このティツィアさんの祖先というオランダ人の方が お隣りの お店 (オランダ館) を尋ねて来られました。
オランダ、ロッテルダム生まれの ルネ・ベルスマ氏です。
右写真の本の作者です。
ほぼ二世紀の長きに渡り、日本に来たのは男性だけ。そこへ突如、何の前触れも無く、ティツィアが小さな息子と
乳母、さらには下働きの女中まで連れて 現れたわけですから 日本の役人達はパニックになったのは、言うまでもありません。
結局、わずか3ヶ月半という、短い時間 出島に家族で住む事を許されました。
彼女は、優しく教養豊かな女性で、優れた品格の持ち主でした。ピアノを弾き、バイオリンもたしなみました。
長崎の絵師、川原慶賀をはじめ 当時の長崎在住のアーティスト達の創作意欲をかきたてたにちがいありません。 彼女の肖像画は約500枚の絵画や版画が制作されましたから。
しかしながら、夫を残して日本を去らなければならない、心の傷は 彼女の心を苦しめ続けます。
ついに、1821年 二度と再び夫と会う事なく、この世を去ります。
右は、お土産のチョコレートです。
私まで、おすそ分けを頂きました。
チョコのパッケージは、やはり ティツィアを書いた本の表紙と同じです。 そして、彼女の姿を形どったチョコ。
何だか、勿体なくて 毎日 眺めてるだけです。
2008年1月 5日 (土)
2008年1月 4日 (金)
古賀人形展
題名は 西洋婦人 です。
長崎出島のオランダ屋敷、カピタン プロムホフ夫人だと言われています。 手を引いてる子供はヨハンネス。 まだ2歳の子供です。
しかし、当時の日本は外国婦人の在留を、法律で認めていなかったので涙を呑んで、帰国したという逸話の主人公です。
出島岸壁の、目と鼻の先に 「愛する夫」 「愛する妻子」 が数年振りに再会したと言うのに……。 そんな時代でした。
その為、約80種類ある古賀人形の一つ一つにストーリーがあります。
古賀人形は400年の歴史があります。中でも、16代 小川セイ さんの功績は大です。
二十歳で小川家に嫁いだセイさんの、歴史を読むと胸にキューンときます。
ピースミュージアムでは、さださんがグレープ時代に訪れた、この古賀の藤棚の様子を見る事が出来ます。
他にも何点かカメラに収めてきました。
作品のいずれもが、土人形の持つ素朴で温かみが伝わってきます。 それに、黄、赤、青、白と大胆な色使いも温かみを感じさせます。
なお、期間中は 販売もいたします。 種類によっては、数ヶ月待ちになります。 が、一つは欲しくなりますね。
2007年10月 5日 (金)
庭見せ
今年も秋の大祭 “長崎おくんち” が10月7~9日の3日間始まります。
そして、10月3日の夜、今年の各踊り町の庭先(店先)にはたくさんの飾り物を見る事が出来ます。
「さあ、間もなく始まるおくんちの準備が整いました。衣装もこんな立派なものを着ます……」
の意味も含まれています。
また、この語源の如く “庭見せ” は……
「さぁ、我が家の庭をご覧下さい。キリストを信仰していません。庭のどこにもマリア像は飾っていません…」 と、そんな意味もあったそうです。
今は、時代も変わり前者の意味合いが強いようです。
湯水のようにお金も出て行きますが、お祝いも半端ではありません。こんな祝儀袋の山ががほかにも沢山!!
繁華街の商店や会社の軒先には、こんな垂れ幕が下がっています。
なんと! マクドナルドにもおくんちモードです。
あちらこちらに “しゃぎり” の音が聞こえて、もう私の心は穏やかではありません。 “おくんちモード” にスイッチが 「ON!」 になりました…笑
2007年10月 4日 (木)
2007年10月 3日 (水)
聖福寺 その2
聖福寺の境内には、色んな碑があります。
これは、異国の地へいく、お春さんの悲しみを思う歌の石碑です。
また、こんな不思議な石もあります。 茶せんの供養塔でしょうか?
幸いな事に、これらの石碑に分りやすい説明文がありました。 多くを語りません……この看板をご覧下さい。
そして、これを読む限り、鬼塀は、多くの瓦を集めて作った “リサイクル瓦” だったとは……こうして見ると、当時のアイデア作品。今で言うなら “エコ瓦” ですね。
また、建物のあちらこちらに中国のおめでたい食べ物……桃の細工がみれます。
また、蝙蝠・こうもり もおめでたい鳥として、こうして描かれています。
だから、カステラの老舗 “福砂屋” も蝙蝠マークです。
また、長崎のお祝い物に使われるのが“桃カステラ”。 やはり、この2つはセットです。
また、本堂の屋根を見ると、こんなに生き生きとした鬼瓦がはめ込まれていました。
屋根も結構傷んでいます。 歴史ある、建造物を維持するには、大きな労力と財力が必要なのでしょうか?
2007年6月22日 (金)
第二回 実行委員会
夏・まだまだ長崎から の実行委員会が、NBCの会議室でありました。
本番まで50日を切り、具体的な動きが始まりました。それぞれの進行状態や協賛金の集まり具合の報告。
参加者の一人が
「私は、稲佐山のふもとに住んでます。が、毎年数を追う毎に参加者も増えています。だけど、長崎人はいつしか“平和コンサート”というより“さだまさしコンサート”にすり変わってるように思えて…」
と、正直な意見です。 それで、金太郎さんは、
「何より、それを一番感じてた人がさださんでした。そして、20回目が終わった今、もう一度原点にかえって“平和”を願うコンサートとして自分たちの手でやろう。そう願って微力だけど、第一歩から始められたら……という思いです!!」
出演者の中に “高校生一万人署名” があります。 長崎市内の高校生も委員会に出席し、真剣に取り組んでます。
第一回の “夏・まだまだ長崎から” 不安だけど、楽しみです!!
皆さんも応援して下さいね。
2007年5月17日 (木)
伝統的建造物 南山手乙9番館
今は「長崎市 須加五々道美術館」 (すがごごどう)として残っています。
内部の柱や階段、暖炉や背が高いドア、窓など当時のままです。 今の季節は、戸外の外気は汗ばむ程ですが、こんな洋館の中はひんやりとして、気持ちがいいですね!
隣接する古いレンガ作りの製鋼会社。今も現役で機械が動いています。 こんなにも蔦が絡まっています。昨日・今日では出来ない光景。 工場内は夏は涼しく、冬は暖かい事でしょう。 キット……。
もう一度、須加五々道美術館の庭を見ると…
同じく、建物の横には アップルミント のハーブがびっしりと根を張っています。
紅茶にちょっと入れるとアクセントになって、香りがカップいっぱいに広がります。
青葉・若葉の五月。 一年中で一番過ごしやすい季節です。
あっ!明日は次女の誕生日。こんな爽やかな季節に生まれたんだぁ。ちなみに名前は紗季。 (薄衣うすごろもの季節に生まれた…) の思いを込めて…。
2007年5月 5日 (土)
2007年5月 4日 (金)
久しぶりの飛行館ライブです。
GWも後半、5月3日に佐田玲子さんのライブがありまた。 毎回ながら、遠くは神奈川の川崎、鎌倉、八王子、岐阜、そして熊本や佐世保などからファンの皆様が駆けつけ来ます。
お祝いの花束もアレンジもたくさん届きました。新アルバム海懐から数曲。まさしさんの「紫陽花の詩」「女郎花」「好いと」 など今回、長崎を題材にかなりしてました。
入口の花と、バックの黒色Tシャツは玲子さんオリジナルです。黒字にラメ文字が前後にプリントされてます。
先ずはジャビットさんの音頭で乾杯!! 本日の参加者は25名です。
本日(残念ながら、参加できなかった方)からたくさんの差し入れが届きました。
皆さん「レイコランドカフェ」で耳にする方ばかりです。
3時間のコンサートと2時間余の食事会。あっ!という間に楽しい時間は過ぎていきました。
2007年4月 8日 (日)
2006年12月13日 (水)
長崎歴史文化観光検定
たった一点差で、涙をのんだ私。(宝塚のまりこさんは合格でした……ねっ!) と、意外と気にしてる私かも…?
年明け早々にまた、第二回目の検定があります。
でも…もう、私は受験しません…。横で、私のブログを見ていた娘が
「へ~っ、もう受験しないの?」 と聞きます。 「そうよ!もう受験しなくても、すっかり長崎人だから…」 と、理由にならない理由を言ってます。(笑)
でも、長崎を愛する皆さん! 是非、検定試験に挑戦してみてください。 勉強する事で「あなたの知らない長崎」 を又知る事が出来ますよ。 詳しくは↓
2006年12月 3日 (日)
2006年11月 3日 (金)
甦る天正の音色 Ⅰ
長崎市浦上天主堂にて、ダンスリー・ルネサンス合奏団の演奏会がありました。
教会のあの天井が高く、ステンドグラスの光の中で聞く、中世ルネサンスの音色…素晴らしい時間でした。
16世紀後半、日本のキリスト教信者のローマ訪問の歴史を歌で綴ります。伊藤マンショ、千々石ミゲル、原マルティノ、中浦ジュリアンの四人。まだ、わずか13歳の少年達です。ローマまでの片道なんと2年の歳月……日本に帰国した時は19歳になっていました。
その、合奏団のメンバーでソプラノ歌手の松井智恵さん。あまりの美しさに心を奪われました。 「この歌声を、なんて表現したらいいかしら? “澄んだ空気” “ガラスの繊細さ” “高原の岩清水” ……」 と、稚拙な言葉しか浮かんで来ませんでした。
すると、ナレーター (この方もまた、味のある女性。フランス人でした) の方が松井さんの事を紹介する時
「森の中で歌ってた小鳥」 と表現されました。あぁ!なんてピッタリな表現でしょう…。
全国をまわって演奏活動をしています。是非、HPもご覧下さい。↓↓
ダンスリー http://www3.ocn.ne.jp
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