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長崎に最初に来たオランダ婦人

Cimg3041  ピースミュージアムで開催された 古賀人形展。

この 西洋婦人は、長崎を訪れた人達は、どこかで目にした事が あるかも知れません。

この婦人の名前は……ティツィア・ベルフスマさんです。

 ご存知のように、鎖国時代の中、唯一 長崎だけは、他の世界に対して 開かれた場所が、出島でした。

 当時の商館長、ブロムホフの奥様です。Cimg3708

  先日、このティツィアさんの祖先というオランダ人の方が お隣りの お店 (オランダ館) を尋ねて来られました。 

オランダ、ロッテルダム生まれの ルネ・ベルスマ氏です。

右写真の本の作者です。 

 ほぼ二世紀の長きに渡り、日本に来たのは男性だけ。そこへ突如、何の前触れも無く、ティツィアが小さな息子と

乳母、さらには下働きの女中まで連れて 現れたわけですから 日本の役人達はパニックになったのは、言うまでもありません。

 結局、わずか3ヶ月半という、短い時間 出島に家族で住む事を許されました。

彼女は、優しく教養豊かな女性で、優れた品格の持ち主でした。ピアノを弾き、バイオリンもたしなみました。

長崎の絵師、川原慶賀をはじめ 当時の長崎在住のアーティスト達の創作意欲をかきたてたにちがいありません。 彼女の肖像画は約500枚の絵画や版画が制作されましたから。Cimg3707_2

 しかしながら、夫を残して日本を去らなければならない、心の傷は 彼女の心を苦しめ続けます。

ついに、1821年 二度と再び夫と会う事なく、この世を去ります。

ここにも、時代に翻弄された 一人の女性がいます。Cimg3701

 右は、お土産のチョコレートです。

私まで、おすそ分けを頂きました。

チョコのパッケージは、やはり ティツィアを書いた本の表紙と同じです。 そして、彼女の姿を形どったチョコ。

 何だか、勿体なくて 毎日 眺めてるだけです。

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