2008年7月 6日 (日)
2008年7月 5日 (土)
ただ今 “ウエストくびれ体操” 中!
“夏・まだまだ長崎から” の、各部署の表示をラミネートしています。
結構、たくさんの枚数です。 去年は実行委員長の川田金太郎さんが、自宅で作業をされたそうです。
私は当日 (お店をギリギリまで開けてる為) 会場のお手伝いが出来ず いつも申し訳なく思っていました。
だから、このラミネートの作業を喜んで買って出ました。金ちゃん曰く、
「結構、時間がかかりますよ。僕は一枚スタートするたびに、1フレーズ、ギターを弾きながら歌ってました。1フレーズが丁度よい時間なんです。」 と。 なるほど……
「ラミネートは順調に進んでいます。私は金ちゃんみたいにギターも歌も歌えないので、“ウエストくびれ体操”をします。 1ヶ月後(次の実行委員会)の結果が楽しみです。」
「ラミネートも“ウエストくびれ”も楽しみです。(笑)」
と、返信がきました。 作業は楽しまなきゃ~。
さて、右のグリーンが今年のパンフレットです。
ブルーは、去年の“賛同された方々”の名簿です。
皆さんの暖かい寄付で、コンサートが出来ました。
ほらっ!こんな感じ。
素敵でしょ?
どんな人でもどんな会社でも、文字の大きさは、皆平等です。 もしも 佐田まさみさんが、いらしたら 何が何でも
寄付するべきでしょう。 だって!だって!
「さだまさし」 「佐田まさみ」 「佐田玲子」 と、こんな風になるのですから……笑
では、もう一度。 夏・まだまだ長崎からは ↓
2008年7月 4日 (金)
2008年7月 3日 (木)
外国船が入港しました。
今日の入港船は“コスタ・アレグラ” 28597トン。イタリアの船籍です。
そして乗客もイタリア人。 私の得意の英語も通じず(嘘です!) イタリア語が飛び交います。
「グラッチェ」とか「ピッコロ」とか、わずかに聞いた事がある単語のみ。会話がなかなか成立しません。
「マダ~ム↑」 と、私を呼びます。ちょっと慣れない感じ。
もちろん、今回も着物や帯を飾りました。
前回の時、私の成人式の帯がアメリカ人のセレブなご婦人に売れた事を 友達に話すと……
「あらっ、私のも是非 売ってね。」 とか
「1000円でも、2000円でもいくらでもいいわ」 とか…。
あぁ、可愛い娘に買った帯が、まさかそんなに安くで売られて…。 ごめんね!○○ちゃんのママさん…。
マグネットは、何故かいつも外国人には、人気です。
お酒も売れます。 けれど……本日は、清酒3点の
“がんばらんば” “精霊流し” “関白宣言” は、出ず。
今夜の食事時に飲んで欲しかったわ。
学校帰りの小学生をカメラに収めるイタリア人。
それを、ガラス越しに映す私。
この女性は、国へ帰ったら
「ほらっ、日本の子供達よ!同じ帽子をかぶって、バックは背中にからってたわ!」
と……。 各国で数え切れない程の思い出が、最高の【お土産】ですね。
2008年7月 2日 (水)
田中旭栄堂
それが、このお店です。
しかも、ここの栗饅頭が大変、有名です。
皆さんご存知の 秋の大祭・長崎くんち の際に“庭見せ” という行事がありますが、その時に欠かせないものが、この栗饅頭です。
直径が40センチ程の大きな栗饅頭。 それはもう、栗の甘露煮が何十個も入っています。
懐かしかったので、思わず店内に入りました。
そんな訳で、桃かすてらと栗饅頭をお買い上げ。お茶の時間が楽しみです。 会計を済ませると……
「お陰様で、110周年になりました。これは、感謝の気持ちです。」 と、波佐見焼きのお皿を頂きました。
開けてみると……栗の絵が描かれていました。
当然と言えば当然ですが。 一口に “110年” と言っても……だれ彼もは、真似が出来ません。
信用を得るには、何十年もかかります。
が、失墜するのは…数秒。 昨今の食物偽装事件には、呆れるばかり!
2008年6月30日 (月)
私が好きな長崎
先日、“夏・まだまだ長崎から” の会議が始まる時間より 早めに到着したので、NBC長崎放送の近くを 歩いてみました。
子供の頃、いとこが住んでいたので よく泊りがけで遊びに行ってました。 だから、この町を歩けばとても懐かしい気持ちになります。
しかも…その家はまだ残っていました!
今は全く知らない方が住んでいるようです。が…ぼんやり 間取りも覚えています。
いいえ、この家ではありません。(念のため)
が、この界隈にはまだ こうして長崎の家を大事に守って住んでいらっしゃる方も居ます。
だから、こうして 【高層マンション 建築反対!】
の看板を随所に見ます。 この、塀の素敵な事!
この先には、諏訪神社や長崎歴史博物館などがあります。 つまり…長崎奉行所跡なのです。
長い歴史の中で作り上げた その町 ならではの特色が確立されたのです。
古いものは壊す→便利で合理的なビルを建てる
もう、こんな 方程式は止めたいですね。
斉藤茂吉氏の住居跡です。 ちょっと、写真が見づらいですが…
大正6年に、長崎医学専門学校の教授として来崎され、
大正10年までこの地で過ごしたそうです。
茂吉さんの歌碑も、長崎のいたるところで見る事が出来ます。 文学散歩……なんていかがでしょうか?
2008年6月29日 (日)
ハガキが届きました。
毎年、 “夏・長崎から” に参加される方です。
「……、先日 この絵はがきを見つけました。 嬉しくなって、お便りしました。」 と。
いいえ、嬉しくなったのは私のほうですよ。
ハガキは、「雨やどり」でした。
突然、降り始めた雨に まだあどけない子供達が、ひっそりと雨やどりをしています。
風の画家……さださんが、初めてそう呼んだ画家の作品ですね。
今から約30年ほど前に 「帰去来」 のアルバムを制作してたスタジオの1階に喫茶店がありました。
そこの壁に飾られた絵が、この雨やどりでした。
そして、当時 無名だった中島潔氏の作品が 初めて世に売れたのがこの絵。 もちろん!さださんが初めてのお客様でした。
この本には、中島潔さんの作品が 約100ページにわたり 美しい色彩で収録されています。
実は、この本も数年前にファンの方から頂きました。
しかも、この「雨やどり」のページに 中島潔氏の直筆サインがありました。 お気持ちが嬉しくて……。
今でも、雨やどりの大切な大切な宝物です!!
2008年6月28日 (土)
2008年6月27日 (金)
○○さんちのジャム その②
まだ青々してるトマトさえ ちぎってきた 主婦魂まっしぐらの私……汗。
あの時の、達人主婦が教えて下さった通り……
陽が当たる縁側に置いとくと、本当に1~2週間で、真っ赤に熟しました。
こんな風に……。さすがに毎日がトマトメニューだった我が家は 全員が、少々“飽き気味”の様子。
そこで……またまた、ひらめきました。
「そうだ!ジャムを作ろう!!」
作り方をパソコンで検索し、、早速 実行。
「お味の程は…?」 と、みなさん興味津々?
「もちろん、もちろん、グー!!」 よ。
(もともと、糖度が12度以上もある品種ですから)
左の容器は、トマトピューレを作りました。
こちらは、スパゲティやピザのソースを作る時に大助かり!
そんな訳で、ビワもトマトも「最後の一つ」まで、無駄なく大事に使い込んだのが……プチ自慢かな?
2008年6月26日 (木)
○○さんちのジャム その①
もう、長崎の露地ものの枇杷は、終わってしまいました。
我が家のビワも今年は、たくさんの実をつけて楽しませてもらいました。
色んな鳥が飛んで来ては、まっ黄色に色付いた枇杷の実だけを、つつきに来ます。
せいぜい取れて、一回分で これ位。 これが、一週間ごとに収穫します。
そうそう、食べれるものではありません。
初めての挑戦でしたが、パソコンで “びわジャムの作り方” って、検索すると……もう いっぱい 載ってます。
そして、作ったのが じゃ~ん!
とても美味しく出来ました。こんなビンに3個。 こうして、ヨーグルトにかけると、甘くて爽やか。その上、いつまでもビワの色が変色しません。
私って…私って…ジャム作りの…天才かも~ぉぉ。






















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